ひとりの女性の歌声が聞こえてくる。その独特な音階に耳をすますと、老女が横たわりながら、娘に歌を聴かせているシーンからこの映画ははじまる。最期を迎えた老女が娘に託したその歌は、南米ペルーで起こった壮絶な歴史を物語る。初めのシーンで一気に心をわしづかみにされてしまった。この作品の原題はスペイン語で“La Teta Asustada”「怯えた乳」という。美しく成長した娘のファウスタは、暴力が吹き荒れていた時代に受けた母の苦しみを母乳から受け継いだと信じ、ひとりでは外を出歩けず、鼻血をよく流す。映画の中では、それらを“恐乳病”と言っているが、医学的な根拠はない。そして、自分の身を守るために、ファウスタは身体の奥にじゃがいもを入れている。目に見えない恐怖に怯えるファウスタの固く閉ざされた心が、解き放たれていくさまをこの映画では描いている。と、ここまで話すと映画のタイトルからしても、とても悲しい映画であるように思われる。たしかに、ファウスタの今にも泣きだしてしまいそうな緊張感は胸を苦しくさせるが、彼女の口ずさむ歌の美しさ、詩の力は圧倒的で、頭で考えるのではなく、魂から湧き出てくるように溢れだす。そして、美しい映像に心を奪われた。時折出てくる結婚式のシーン(ファウスタのおじさんは結婚式屋さん?を営んでいる)で流れる陽気な音楽に合わせて踊る人々/ファウスタ、悲しみ/喜び、過去/未来、というような対比がうまい。本作はクラウディア・リョサという女性監督が作った長篇2作品目で、ここまで緻密に作り上げていることにも驚いた。監督は「残酷さと笑い、悲しみと喜びの共存にこそ“ペルー的感性”がある」と述べている。映画にはペルーの独特な感覚、風習、文化がちりばめられているが、監督の言う“ペルー的感性”は、人間としてとても普遍的なものであるように思う。生きることは、対極にあるものを抱えながらも、希望をどこかで見いだしたいという願望でもあると思うからだ。“ペルー的感性”から、どんな状況でも生きることを期待する、期待したいという希望を感じた。ファウスタはうたい、一生懸命に世界と繋がろうとする。その過程で、人と出会い、様々に体験していく中で、生きることに一歩踏み出した彼女の姿はとても美しく、そして勇気をもらった。悲しみの歴史を直接的また説明的に描くのでなく、歌や詩に滲ませながら、美しい映像に結実させたこの作品は、難しいテーマではあるが、まぎれもなく素晴らしい映画だと思う。

第59回ベルリン国際映画祭 金熊賞、国際批評家連盟賞 モントリオール国際映画祭 批評家連盟賞 メキシコ・グアダラハラ国際映画祭 最高賞、主演女優賞 キューバ・ハバナ映画祭 最高賞 ペルー・リマ映画祭 最高賞、主演女優賞 コロンビア・ボゴダ映画祭 最高賞 第10回東京フィルメックス上映作品 2010年アカデミー賞 外国語映画賞ノミネート

文/川崎市アートセンター/アルテリオ・シネマスタッフ N